2020/02/20 18:18


疫学研究者による嗜好習慣に関する小話:特にコーヒーの話題


過去数十年間に亘って研究してきた疫学的知見を振り返ってみると、皆様の暮らしにも役立ついくつかの重要なメッセージがある。特に人類の数千年にも及ぶ嗜好習慣の歴史は最も興味深い。喫煙・飲酒習慣、喫茶習慣に焦点を当ててまとめてみた。


その中でも飲酒習慣は最もバラエティーに富み、本著者も飲酒をこよなく愛している一人である。酒は百薬の長、イスラム世界を除く世界中で長寿を保証している健康的な飲酒習慣もあれば、一定量を超えると身体的、精神的障害の原因となり、家族や社会への大きな弊害までもたらす。アメリカインディオの祭りに使われていたタバコは16世紀から西洋文化に溶け込み、19世紀に開発された紙巻きタバコの流行は煙害による肺がんの主要原因となり、主要な火災原因にもなった。一方、タバコのニコチンによる循環器疾患への影響は、最近になって開発されてきた無煙タバコにおいても健康障害が問題となっている。ニコチン中毒を凌駕してきた禁煙経験の話は実に多彩である。


次に、嗜好習慣の中でも万民に愛され続けてきたのが喫茶習慣である。日・中・韓三国の緑茶、インド・スリランカを主生産地とする紅茶、そして世界中で生産・愛飲されているコーヒーである。緑茶や紅茶は歴史的にも医薬品に準ずる嗜好品として日常習慣に取り込まれてきた。


喫茶習慣の中で最も複雑なのがコーヒーである。かつてコーヒー成分には突然変異原性が認められ、癌原物質と見なされてきた。また、カフェインには覚醒作用が有り、私の米国の親友も含めて不眠を訴える人たちが少なくない。しかし、以下の表にも見られるように、最近の国際的疫学研究により、コーヒーにはがん予防作用が認められる論文が多く表れてきた。本著者も数十年前までコーヒーを避けてきたが、自分たちの研究結果から一日数杯のコーヒー摂取でいくつかの部位の癌に対して予防可能性を示す知見を得た。爾来、コーヒーを毎日の飲むようになった。本著者が地球100周にも及ぶ研究踏査で訪問した中米ジャマイカのブルーマウンテン中腹や南米コロンビア南部のポパヤン地域で生産されたコーヒーはとても美味しかった。



コーヒー摂取とがん予防との関係



コーヒーに関するもう一つの話題は主要成分であるカフェインの覚醒効果であろう。最近はカフェインに対する副反応の強い人、妊婦、子供でも飲用できると考えられるデ・カフェ(脱カフェ)のコー-ヒー開発が進んできた。技術的にデ・カフェ工程によりコーヒーの味が低下することが大きな問題であったが、その技術開発には目を見張るものがある。コーヒーとしての味をほとんど損なわないデ・カフェコーヒーが開発されてきたことは誠に有り難いことである。



2019815日記す

三重大学客員教授
田島 和雄